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浄土宗西山深草派|虎洞山 龍臥院 桂岩寺の全景
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桂岩寺の歴史


桂岩寺は、開創以来667年(平成29年現在)となる格式と歴史・由緒を誇るお寺です。

開山から現在で三十二代目となり、代々の住職はもとより、お殿様の庇護を受けたり、檀信徒の助力によって、浄土念仏道場の拠点として、宗門ばかりではなく、この地方に於きましても重きをなしてまいりました。

当山の開山、照恩山慧β舅他阿蓮大本山円福寺(当時・京都)第五世の法主「善偉堯恵上人」の直弟子で、当地に留錫の時、領主の三州戸ケ崎の城主、戸ケ埼次郎義宗郷が深く上人の高徳を崇めて帰依し、四十四石の荘園を寄付して一宇を創建され、さらに永く上人を当地に留めるべく、
後村上天皇の正平五年(1350、北朝、観応元年)三月に本堂庫裡等を新築落成して上人を開山として菩提寺と定め、三河国深草派十二本寺の随一とせられました。

義宗郷は、矢田判官義清の孫、広沢判官義実郷の子息で、明徳四年(1393)六月二十七日、道目記の合戦で戦死されたため当山に葬り、開山上人が引導、焼香、「源徳院殿慶巌善公大居士」と号し、武具を納めてハ幡官を勧請して「若宮八幡」と称しました。義宗郷の戦死の翌日、夫人の富波姫は夫を慕って自害されたと云います。

また姫は長刀の名手で、敵に向って
勇ましく戦い、三十数人の首級をあ
げて戦死したとも伝えられている。
「雷光院殿玉岩清心太禅定尼」と号
し、同じく当山に埋葬されています。

開山、慧β舅他阿蓮∋綾銃鷓佑播
山を創立し教化四十八年に及んだ後、
応永 五年(1398)正月十四日、八十
一才で遷化されました。




宝永五年五月の境内絵図
(約三百年前)

宝永五年五月の境内絵図(約三百年前)

その後、第四代の中興・尊阿照翁等意上人は、享禄二年(1529)に安楽寺(蒲郡市)より住職せられ、当山に住すること九年。天文八年(1538)、大林寺(岡崎市)の第三代に転住し、松平広忠公を引導焼香されました。(中興上人とは開山に次ぐ人を尊んで云う。寺の諸堂の再建、大修理に功労のある住職を称す。)

上人は高徳の誉れ高く、上人に帰依する人は後を絶たず。中でも安城城主の松平甚六康忠公は、深く上人の徳に帰依し、この寺を永く菩提寺と定めて、天文六年(1537)本堂を始めとして、殿舎を悉く再建せられました。

康忠公は、松平和泉守信光公の二男、左京亮親忠の八男、松平右京亮張忠公の子息にして、天文九年(1540)六月六日、安城に於いて討ち死にされたため当山に葬られました。位牌に『孝子、松平甚太郎家忠建之』とあり、「天明院殿月峰珠光大居士」と号されます。

これにより三河国・浄土宗西山深草派十二本寺の随一として、徳川幕府より寺領・御朱印三十五石九斗を下付され、将軍家代々の薨去に際しては、納経・拝礼を仰せつけられることとなりました。


以来、栄枯盛衰、慶長年間(約4百年前)の当山の古絵図によれば、圦内地 一万二千坪、山内の塔頭 二ヶ寺もある堂々たる桂岩寺ではありましたが、度重なる台風襲来や地震などの自然災害による被害の復旧、飢饉や人為的な経済破綻、また、神仏分離や廃仏毀釈、戦後の農地解放など時代の荒波などなどにより、必ずしも安穏なものではありませんでした。しかし、その都度に、時代時代の住職、また檀信徒や擁護衆の尽力によって乗り越え、念仏道場としての威信と法脈の灯火を現在に明々と伝えております。


また、桂岩寺は開山当時「慶巖寺」と号しておりましたが、慶長七年(1602)、徳川家康公より寺領三十五石九斗を賜り、それ以来、寺号を「桂岩寺」と改められました。資料(古今万宝雑記)によりますと「分かりやすいように」と「簡略化」のためと記されております。

歴代上人




開山 照恩山慧β舅他 ※上記参照
監理 明看慧教大徳 開山上人の弟子で塔頭 真浄院の住職。監理三十二年。
永享二年(1430)十月十一日遷化。
※塔頭(たっちゅう)とは本寺の寺域内にある末寺のこと
第二代 馨澄慧秀上人 慧教上人の弟子。永享元年(1429)より住職三十六年。
寛正六年(1465)六月二十日遷化。
第三代 桂月慧光上人 慧秀上人の弟子。寛正五年(1464)より住職三十年。
明応三年(1494)三月八日遷化。
監理 功叟清舊大徳 塔頭 真浄院の住職。監理二十年。
永正十一年(1514)七月十四日遷化。
監理 義念清順大徳 塔頭 真浄院の住職。監理十九年。
天文二年(1533)十二月十四日、百十一才で遷化。
第四代 中興 尊阿照翁等意上人 ※上記参照
永禄六年(1563)年九月十一日、
宝性院(岡崎市)にて遷化。
第五代 伝意舜公上人 照翁上人の弟子。永禄五年(1562)より住職八年。
元亀元年(1570)十一月七日遷化。
第六代 楽翁意安上人 伝意上人の弟子。住職六年。
天正四年(1576)八月十八日遷化。
第七代 月翁清白上人 妙福寺開山、海徳寺第二代、(ともに碧南市)養寿寺(西尾市)より当山に住職。住職十五年。
天正十八年(1590)四月十日遷化。
第八代 賀翁継誉上人 月翁上人の弟子。天正十七年(1589)より住職九年。
慶長三年(1598)九月十三日遷化。
第九代 及翁祖玄上人 賀翁上人の弟子。慶長三年(1598)より住職二十一年。
元和五年(1619)七月十三日遷化。
第十代 中興 戒応林香上人 海徳寺より養寿時第七代に住職した後、当山へ晋山。寛永年間(1624〜1643)に本堂の大修理をされたとの記録がある。
承応元年(1652)十月二十九日遷化。
第十一代 弘山受潔上人 戒応上人の弟子。
正保三年(1646)十二月二十一日遷化。
第十二代 香空聞益上人 弘山上人の弟子。当代に浄教寺・西林寺を末寺とする。
元禄九年(1696)三月二十四日、七十一才で遷化。
第十三代 重空林山上人 香空上人の弟子。東龍寺(常滑市)より晋山。
宝永三年(1706)六月十一日遷化。
第十四代 誠翁益諄上人 香空上人の弟子(重空の弟弟子)。住職八年。
元和五年(1619)七月十三日遷化。
第十五代 中興 興翁賢隆上人 妙心寺第十一代愚翁上人の弟子。元禄十二年(1699)より住職十三年。宝永四年(1707)本堂再建。
正徳二年(1712)九月八日、五十四才で遷化。
第十六代 泰空雲籍上人 誠翁上人に随身し、興翁上人晋山には要務を勤める。興翁上人遷化の後、三十七才で住職となる。
延享二年(1745)四月十六日、七十才で遷化。
第十七代 印空俊嶺芳道上人 妙善寺(幡豆町)より晋山。寛保二年(1598)より住職八年。
宝暦四年(1754)四月十六日、七十一才で遷化。
第十八代 剛翁稟隆上人 南知多町の西岸寺(西山浄土宗)より晋山。宝暦元年(1751)より住職八年。宝暦九年(1759)九月四日、五十五才で遷化。
第十九代 教空典常上人隆道和尚 剛翁上人の弟子。慶長三年(1598)より住職四十二年。
退隠後、文化四年(1807)十二月十三日、七十五才で遷化。
第二十代 進翁隆常上人勸明和尚 教空上人の弟子。享和三年(1803)より住職十五年。
文化十四年(1817)十二月一日、六十二才で遷化。
第二十一代 怡空悦道上人
     実門老和尚
教空上人の弟子。文政元年(1818)より住職するも、四年で隠退。嘉永元年(1848)正月二十一日遷化。
第二十二代 興翁隆法上人
   教阿道観老和尚
進翁上人の弟子。永向寺(蒲郡市)より晋山。
文政四年(1821)より住職し二十四年で隠退。
安政三年(1856)十月二十一日遷化。
第二十三代 誡空隆教上人
     紹道老和尚
怡空上人の弟子。弘化二年(1845)より住職するも、わずか二年後の弘化四年(1847)四月二十日遷化。
第二十四代 永空隆光上人
      絶胎老和尚
興翁上人の弟子。弘化四年(1847)より住職。
嘉永六年(1853)七月十四遷化。
第二十五代 元翁隆本上人
    興阿智道老和尚
興翁上人の弟子。永向寺(蒲郡市)より晋山。
嘉永六年(1853)より住職し十七年で隠退。
明治十年(1877)三月十五日、五十三才で遷化。
第二十六代 三空隆諦上人
    円阿融道老和尚
誡空上人の弟子。
明治六年(1873)八三月二十日遷化。
第二十七代 願空亮本上人
    正阿直心老和尚
永空上人の弟子。 明治五年(1853)より住職し二十五年で隠退。当代(明治二十二年)に本派の准檀林に昇格。
明治四十三年(1910)十月十日、六十九才で遷化。
第二十八代 覚空正道上人
    念阿蓮乗老和尚
願空上人の弟子。 明治三十年(1897)より住職し三十六年で隠退。昭和十二年(1937)三月二十一日、八十才で遷化。
第二十九代 因空正純上人
    守一無外老和尚
覚空上人の弟子。 昭和八年(1933)より住職し十四年。
昭和二十四年(1937)二月二十三日、御忌法要中の大往生を果たし、七十八才で遷化。生前の功績により宗派より勧学の称号を贈られる。
第三十代 顕空正運上人
     寂阿如庵和尚
因空上人の弟子。 昭和十六年(1941)より住職するも、わずか四年後の昭和二十年(1945)七月十二日、四十一才で遷化。
第三十一代 明空正顕上人
     真阿如輪和尚
顕空上人の弟子。 昭和二十四年(1949)より五十七年間住職し、平成十八年(2006)隠退。平成十九年(2007)十月十六日遷化。
第三十二代 法空正倫 明空上人の弟子。 平成十八年(2006)住職拝命。
現住職。









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